第14話 『ターニング・ポイント』 安夫はあわててランドセルの中のものをすべて地面にぶちまけた。教科書やノートに筆箱、それに用水路にはまってしまってズクズクに濡れた次郎に届けるプリント類の他は何も見当たらない。 今日の給食は牛乳とコッペパンに八宝菜とちくわの磯辺揚げ、それにデザートのプリンであった。その中から安夫はコッペパンとプリンを次郎に届けるためにビニール袋に入れ、ランドセルに仕舞ったところまでは覚えていた。 「やっぱり、あのときだ」 (安夫の心の声) おそらく安夫のランドセルの蓋がべろんと開いたとき、プリント類といっしょにコッペパンとプリンも用水路にはまってしまったのだろう。すぐに流されていくプリント類の回収に気を取られ、パンとプリンの存在はすっかり忘れてしまったのだ。今頃パンはフナのえさになり、プリンは川底に人知れず横たわっていることであろう。 次郎はガクッと、両手両膝を地面についてうなだれた。 「今日はプリンやったんか?」 どうして分かるのだ? おどろいて安夫は次郎を見上げた。 何のことはない、次郎は安夫が放り出したプリント類の中の一枚、給食の献立表を拾い上げていたのだ。 「わいはプリンが大好物なんや」 次郎は不敵な笑みを浮かべながら言った。 「はよプリン出せや」 かつての安夫なら、この危機的状況に耐えられずに幾多もの言い訳を並べて急場をしのぐか、それでだめなら泣いて誤魔化すのが関の山であっただろう。 だが、安夫はもう過去の安夫ではなかった。 「私が今日まで幾多の修羅場を乗り越えて生き伸びることが出来たのは、わずか8歳にして人生のターニング・ポイントを迎え、それを逃さなかったからです。 〜 中略 〜 経営上のいかなる難局を迎えても平常心でいられるのは、そんなときいつでも立ち返れる原点があるからであり、それが8歳の初夏、佐伯次郎氏との邂逅なのです」 安夫は両手のこぶしをギュッと握りしめ、次郎に向かって力強く一歩踏み出した。 (つづく) |
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